スポーツ関連のニュースを中心に書いています。独自の視点、考察等も書いていこうと思います。ジャンルは野球やサッカーが中心になりますが、出来るだけ多くのジャンルを扱います。
    
スポンサードリンク
<< イチロー氏を振り返るぁゞ貲困了期と打撃開眼 | main | イチロー氏を振り返るΑICHIRO MLBを震撼させる >>
イチロー氏を振り返るァNPB最後のシーズン・そしてMLBへ
category: プロ野球 | author: GT−40X
0

    JUGEMテーマ:プロ野球全般

     

     前年の暮れに弓子夫人と結婚し新たな気持ちで2000年を迎えました。前年に掴んだ打撃の極意により、これまでと違って自分の打撃に自信を持って新たなシーズンに臨みました。

     

     オリックスブルーウェーブの2000年の状況ですが、オフに長年チームのエースとして君臨してきた星野伸之氏がFAで阪神タイガースに移籍するという出来事がありました。イチロー氏をはじめ田口壮氏や藤井康雄氏といった連覇時の主力野手は健在でしたが、投手陣の大きな柱を失いシーズンの苦戦が予想されました。

     

     7年目を迎えた監督の仰木氏はここでイチロー氏を4番に抜擢することを決断します。「4番のタイプではない」とイチロー氏は困惑しますが、当時NPB最強の打者となっていたイチロー氏以外にチームに4番にふさわしい打者がいなかったこともあり4番打者としてシーズンを迎えることとなります。

     

     かといって4番打者になることで打撃スタイルが変わることはありません。前年に確固たる自分の打撃を掴んだ自信もあり、前年の死球による負傷も癒えて万全の態勢でシーズンへ臨みます。この頃の打撃フォームはいままで足を大きく上げていた振り子打法から、足の上げ方が小さくなってきました。これまで憧れのケン・グリフィーJr.氏を意識したようなフォームにしたりと試行錯誤してきた打撃フォームがよりコンパクトにコンタクトを重視したものになってきました。今思えばMLB移籍を意識しての変化だったのかもしれません。

     

     この年のチームは開幕ダッシュに成功し、久しぶりに優勝争いを演じます。4強の戦いとなったペナントレースの中、イチロー氏も快調に打ちまくりダントツの高打率で首位打者に君臨します。79試合目の時点でも打率.401で4割をキープし、NPB史上初の4割打者誕生を期待されました。前年ほど本塁打は出ていないものの確実性が増して、ブレイクした1994年以来の高打率をキープし続けます。

     

     上位4チームが3ゲーム内でひしめく大混戦の中、8月に入るとチームは失速し優勝争いから遅れをとり始めます。イチロー氏は100試合を超えた時点でも3割9分を超える打率を維持し、NPBシーズン最高打率の更新と史上初の4割達成がまだ期待できる状況でした。しかし、8月27日のロッテ戦の第2打席で右脇腹を痛めて途中交代となり、残りの試合をすべて欠場することになりイチロー氏の2000年のシーズンは終了しました。チームも仰木氏が監督になって初めてのBクラスとなる4位に終わりました。

     

     イチロー氏は負傷して欠場していた期間に極秘にチームと話し合いを持つ機会がありました。これまでイチロー氏のMLB移籍に反対していた球団は方針を転換し、イチロー氏のポスティングシステム移籍を検討し始めます。そしてMLB移籍に反対していた恩師である仰木氏もイチロー氏のMLB移籍を容認し、事態は大きく動きます。イチロー氏は翌年にはFAの権利を取得するので来オフにはMLBに移籍するのが確実な状況です。ならば移籍金が入るポスティングシステムを利用したほうが球団にとってもいいのではといった意見も後押ししました。

     

     シーズン終了間際の10月12日、オリックスはイチロー氏のポスティングシステムでのMLB移籍容認を表明し、記者会見が開かれました。翌日の本拠地最終戦で最終回に守備固めとして出場したイチロー氏は、詰めかけたファンに別れを告げ今まで支えてくれたことに感謝を表し声援に手を振って応えました。「イチローコール」が鳴り響くなか思い出深い神戸のファンに別れを告げNPBでのラストゲームを終えました。

     

     この年の成績は打率は結局プロ野球記録には届かなかったものの、自身のパ・リーグ記録を更新する.387をマークして7年連続の首位打者を獲得。NPB唯一の通算3000本安打達成者である張本勲氏のNPB通算首位打者最多獲得回数7回の記録に並びました。最高出塁率のタイトルも2年連続で獲得。7年連続となるベストナインとゴールデングラブ賞も獲得しました。シーズン成績は打率.387・12本塁打・73打点・21盗塁・153安打でした。

     

     NPBでの通算成績は、951試合に出場し、打率.353・118本塁打・529打点・199盗塁・通算安打数1278安打。NPBで圧倒的な数字を残しMLBへと旅立つことになりました。パ・リーグの地味な1球団から現れ、球界のトップへと名実ともに登り詰めたスーパースターがMLBでどのような活躍をするのか当時の野球解説者やファンは様々な予想を立てていました。投手は野茂英雄氏以来、数人の投手が移籍し活躍を見せていましたが野手は厳しいのではというのが当時の見方でした。そういった中、日本人野手として初めてMLBに挑むこととなったイチロー氏のMLBでの初シーズンについては次回の記事で振り返りたいと思います。それでは今回の記事はここまでと致します。

    スポンサードリンク
    comments(0) | - | PAGE TOP↑
    同カテゴリーの最新記事






      
    CALENDAR
    Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
         12
    3456789
    10111213141516
    17181920212223
    24252627282930
    31      
    << May 2020 >>
     
    サイト内検索

    ARCHIVES
        
    CATEGORIES
    SELECTED ENTRIES
    COUNTER
    本日
    昨日
    LINKS
    PROFILE
    privacy policy
    プライバシーポリシー

    OTHERS
    スマホ版切替
    スマホ版
    スポンサードリンク