スポーツ関連のニュースを中心に書いています。独自の視点、考察等も書いていこうと思います。ジャンルは野球やサッカーが中心になりますが、出来るだけ多くのジャンルを扱います。
    
スポンサードリンク
<< イチロー氏を振り返るАMLBシーズン最多安打記録樹立 | main | イチロー氏を振り返る MLBオールスターゲームMVP獲得 >>
イチロー氏を振り返る─‖茖渦WBC 日本代表優勝
category: プロ野球 | author: GT−40X
0

    JUGEMテーマ:プロ野球全般

     

     84年感破られることのなかったMLBシーズン最多安打記録を更新するという大仕事をやってのけたイチロー氏ですが、所属するシアトル・マリナーズはこの頃から成績が低迷し、暗黒時代に突入します。そして、丁度同じ時期に野球の国際大会を開催するMLBの動きが具現化してきました。

     2005年のイチロー氏は4月こそ好調だったものの、毎年調子を上げていた5月に調子を落としてしまいます。6月14日にはMLB通算1000安打を記録します。696試合目の達成で1900年以降では3番目となるスピード記録でした。しかし、5月の不調がたたりオールスターゲームのファン投票では4位となってMLBデビュー以来5年連続となるファン投票での選出はなりませんでした。選手間投票で選ばれオールスターゲームには5年連続で出場することになります。この年の最終成績は打率.303とMLBデビュー以来の最低打率を記録。一方本塁打はMLB自己最高の15本塁打を記録しました。しました。そして68打点・33盗塁をマーク。安打数は206安打で5年連続200安打を達成。ゴールドグラブ賞も5年連続で受賞しました。マリナーズは2年連続の地区最下位に沈みチーム・イチロー氏共に不本意なシーズンとなってしまいました。

     

     そしてこの年のの5月にMLBはワールド・ベースボール・クラシックの開催を発表します。第1回の開催は2006年の3月に決定します。日本も参加にひと悶着あったものの参加の運びとなり、MLB主催のメジャーリーガーが参加する国際大会が遂に開かれることとなります。しかし、開催時期がシーズン開幕前の3月ということもあり所属球団が難色を示し参加を見送るメジャーリーガーも多くいました。日本でもやはり松井秀喜氏や井口資仁氏が不参加を表明しました。イチロー氏は日本代表監督を務める王貞治氏の呼びかけに応じ進んで参加することを表明します。日本人メジャーリーガーで参加したのはこのイチロー氏と大塚晶則氏の2名のみとなり、後はNPB所属の選手で占められました。

     

     とは言っても後にMLBで活躍することになる松坂大輔投手や上原浩治氏、福留孝介選手や青木宣親氏が参加しており、十分な戦力を有していました。その他平成年間で唯一の三冠王達成の松中信彦氏や通算2000本安打を達成することになる小笠原道大氏ら多くのNPBを代表する選手が参加しており今振り返ってみると十分に豪華なメンバーだったといえます。

     

     その日本代表の中でも、実績・名声共に抜群であるイチロー氏はチームの顔となります。普段は感情を表に出さず冷静なプレーぶりで知られるイチロー氏ですが、この大会では感情をむき出しにしてチームを鼓舞します。しかし日本代表は日本で行われた1次リーグでは韓国代表に敗れて2位で2次リーグに。アメリカで行われた2次リーグの初戦はアメリカ代表戦。憧れのメジャーリーガーがずらりと並ぶアメリカ代表相手にしり込みするチームを勇気づけるように先頭打者本塁打を放つイチロー氏。試合は接戦となりますが、疑惑の判定で勝ち越し点を取り消される不運もありサヨナラ負けを喫してしまいます。そして2戦目のメキシコ代表には快勝したものの、リーグ最終戦の韓国戦でまたしても一敗地に塗れます。1勝2敗となりリーグ突破が絶望かと思われましたが、アメリカ代表がメキシコ代表にまさかの敗戦を喫し、アメリカ・メキシコ・日本が1勝2敗で並ぶ事態となります。当該チームの失点率で最も良かった日本が奇跡的なリーグ突破を果たし、準決勝で連敗を喫している韓国代表と三度激突することとなりました。

     

     準決勝の韓国戦で監督である王氏はこれまで1番で起用してきたイチロー氏を3番に据えることを決断します。そして先発投手は上原浩治氏が務めます。6回までは息詰まる投手戦となり両チーム得点できないまま7回表の日本代表の攻撃に。松中氏の気迫あふれる2塁打をキッカケにして日本の打線に火が付きます。不振でスタメン落ちしていた福留氏が代打で登場し先制の2ランホームランを放ちます。その後も攻撃は続き、イチロー氏もタイムリーを放つなど一挙5点を挙げるビッグイニングを作ります。8回にも1点を追加し、上原氏から繋いだ救援陣もきっちりと韓国打線を抑えて6-0の完封勝ち。日本は宿敵を3度目の正直で降して決勝へと駒を進めます。

     

     決勝の相手はメジャーリーガーが多く参加するドミニカ共和国を破った、かつてアマ野球世界最強を誇ったキューバ代表が相手となりました。日本の先発投手は松坂大輔投手。日本は初回に4点を先制し有利に試合を進めます。しかしキューバ代表も追いすがり、8回終了時点で6-5と1点差まで詰め寄ります。9回表の攻撃で1死1、2塁からイチロー氏がタイムリーを放って突き放すと、その後3点を追加し4点をこのイニングで奪って勝負を決めます。クローザーの大塚氏がキューバの反撃を1点に抑え10-6で日本が勝利し第1回のWBCで優勝の栄冠を勝ち取りました。イチロー氏も大会のベストナインに選ばれる活躍を見せて見事に期待に応えました。

     

     イチロー氏は「球界の中でも数少ない尊敬できる人物」と評価する代表監督の王貞治氏の下で見事にWBC優勝という目標を達成しました。「世界の王選手を世界の王監督にする」と述べ、普段と違って感情を表に出してのプレーぶりにイチロー氏の新たな一面を見たという方も多かったと思います。そして歓喜の内に終わったWBCの後は2006年の新たなシーズンが待っていました。今回は長くなりましたのでここで記事は終わりたいと思います。次回は2006年シーズンから2008年シーズンまでを振り返りたいと思います。

     

    スポンサードリンク
    comments(0) | - | PAGE TOP↑
    同カテゴリーの最新記事






      
    CALENDAR
    Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
         12
    3456789
    10111213141516
    17181920212223
    24252627282930
    31      
    << May 2020 >>
     
    サイト内検索

    ARCHIVES
        
    CATEGORIES
    SELECTED ENTRIES
    COUNTER
    本日
    昨日
    LINKS
    PROFILE
    privacy policy
    プライバシーポリシー

    OTHERS
    スマホ版切替
    スマホ版
    スポンサードリンク