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イチロー氏を振り返る MLBオールスターゲームMVP獲得

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    JUGEMテーマ:プロ野球全般

     

     前回の記事から話は前後しますが、2006年の1月4日にイチロー氏は自身も大好きだったドラマの「古畑任三郎」に本人役及び犯人役として出演を果たしました。この時の撮影時にもいかにもイチロー氏らしいエピソードを残しています。ドラマ出演は初めてでしたが、セリフをほぼ完璧に憶えて撮影に臨んだとのことで、NGもほとんどなく主演の田村正和氏も感心していたとのことです。DVDも出ていますので興味のある方は是非見てみてください。

     

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     WBC優勝を成し遂げて新たなるシーズンへと挑むことになったイチロー氏。大会後シアトル・マリナーズの一員として、またチームの看板選手としての奮闘の日々に身を投じていきます。

              

     2006年の頃のマリナーズの状況を見ていきます。監督は前年から就任していたマイク・ハーグローヴ氏が引き続き務めていました。前年までチームメイトであり、日本時代からの先輩であった長谷川滋利氏は引退しましたが、NPBから当時日本を代表する強打の捕手であった城島健司氏が新たに加わりました。打線の中軸として後にに通算3000本安打を達成するエイドリアン・ベルトレ氏が前年から加入。その他にラウル・イバニエス氏や読売ジャイアンツに入団、現在横浜DeNAベイスターズで活躍中のホセ・ロペス選手が所属していました。そして投手陣では後に”キング”と呼ばれマリナーズの投の大黒柱となるフェリックス・ヘルナンデス投手が前年にMLBデビューを果たしていました。

     

     5月にはMLB通算200盗塁を達成し、安定した成績を残していたイチロー氏は、オールスターゲームのファン投票で外野手部門3位で選出され6年連続の出場を決めます。しかしチームは相変わらずの不振が続いていました。イチロー氏自身も8月に月間打率.233と不調となってしまいます。この年は結局マリナーズは3年連続の地区最下位となってしまいました。イチロー氏は打率.322・9本塁打・49打点・45盗塁で224安打を放って6年連続のシーズン200安打を達成しました。ゴールドグラブ賞も6年連続で獲得します。しかし、チームの成績不振が続き、中心選手であるイチロー氏に対する風当たりが厳しくなってきていました。

     

     2007年はイチロー氏が契約最終年ということもありその去就が注目されていました。そんな周囲の雑音を気にすることなく、イチロー氏はシーズンに入っても淡々とプレーを続けます。この年はライトからセンターに守備位置が変更となりましたが安定した成績を残します。そして前年から引き続いて継続中であった連続盗塁成功記録は5月3日にリーグ記録を更新する41回連続盗塁成功をマークします。最終的に記録は45まで伸びますが、ビンス・コールマン氏のMLB記録の50回は更新とはなりませんでした。チームも健闘し、ワイルドカード争いに絡んでいきます。そしてイチロー氏はオールスターゲームにファン投票3位で7年連続出場を決めます。

     

     そして、サンフランシスコ・ジャイアンツの本拠地であるAT&Tパークで開催されたこの年のオールスターゲームに、イチロー氏は1番ライトで出場しました。イチロー氏は第1打席、第2打席で連続安打を放ち、迎えた5回の第3打席、1死1塁からイチロー氏は右中間方向に大飛球を放ちます。AT&Tパークの独特のフェンスの形状のせいで、ライトを守っていたケン・グリフィーJr.氏の予想外の方向へと打球が跳ね返り、右翼線に向かって転がっていきます。これを見たイチロー氏は一気に加速し、猛スピードでダイヤモンドを駆け抜けていきます。そして楽々と本塁に生還し、史上初となるMLBオールスターゲームでのランニング本塁打を記録します。

     

     その後お役御免となったイチロー氏は着替えを終えて球場を後にしようとしましたが、関係者に止められます。イチロー氏が放ったランニング本塁打がア・リーグ逆転の一打となったため、このままア・リーグが勝利すればMVPの可能性があったためです。最終的には少し縺れたもののア・リーグが勝利し、イチロー氏は日本人メジャーリーガー初となるオールスターゲームのMVPに選出されました。

     

     そして、この時期にイチロー氏はマリナーズと5年9000万ドルで契約延長に合意。移籍するのではという予測も多く、イチロー氏も一時は移籍も考えたようですが、マリナーズに残ることを選択しました。7月29日にはMLB通算1060試合目でMLB通算1500安打を達成します。近代野球で3番目となるスピード記録でした。途中監督がハーグローヴ氏からジョン・マクラーレン氏に交代する出来事があったもののワイルドカード争いに最後まで絡んだチームでしたが、ワイルドカード争いは2位タイでプレーオフ出場を逃してしまいました。イチロー氏自身は首位打者こそ逃したもののMLBで3度目の打率3割5分超えとなる.351をマーク。6本塁打・68打点・37盗塁をマークし、238安打を放って7年連続となるシーズン200安打達成を果たしました。7年連続となるゴールドグラブ賞に加え、2001年以来2度目となるシルバースラッガー賞も獲得しました。

     

     そして、前年の健闘によってチームは大型補強を敢行し希望を抱いて臨んだ2008年のシーズンでしたが、この年のオープン戦でイチロー氏は26打席無安打を喫するなど大不振のまま開幕を迎えます。開幕後も調子がなかなか上がらず、5月終了時点でも打率.284とMLBデビュー以来初めて3割に届かない状態で6月に入ります。チームも大不振でチームの雰囲気も悪く、イチロー氏もあらぬ非難を受けるようになります。イチロー氏としてはチームの悪い雰囲気に飲み込まれないよう自身の仕事に集中していただけのことですが、その態度を巡ってチーム内でも様々な中傷があったようです。

     

     チームはシーズンの早い段階でプレーオフ進出が絶望となり、GMのビル・バベシ氏は6月に解任されます。またマクラーレン氏も監督を解任される事態となります。そんな中、イチロー氏はオールスターゲームにファン投票外野手部門3位で選出され8年連続の出場を果たします。最終的にチームは61勝101敗と屈辱の100敗超えで地区最下位に沈んでしまいます。イチロー氏は打率.310・6本塁打・42打点・43盗塁。213安打を放ち8年連続のシーズン200安打を達成します。6月にMLB通算300盗塁、日米通算500盗塁をそれぞれ達成。ゴールドグラブ賞も8年連続で獲得しましたが、様々な面で苦しんだシーズンでした。

     

     この年の7月30日に日米通算3000本安打を達成し、2008年終了時点で日米通算3083安打としました。いよいよ日米通算ながら張本勲氏のもつ3085安打の日本通算安打記録にあと2本と近づいてきました。そして翌年の開幕前には第2回WBCが開催されます。イチロー氏も再び代表に選出され連覇に臨むこととなりますが、記事が長くなりましたので2009年以降の出来事については次回の記事で振り返っていきたいと思います。今回の記事はここまでと致します。

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