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イチロー氏を振り返る 侍ジャパンWBC連覇への道 劇的な決勝打

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    JUGEMテーマ:プロ野球全般

     

     2009年となり、第2回WBCがシーズン開幕前に開催されました。今回の日本代表監督は紆余曲折の末に原辰徳氏が務めることとなりました。そして、前回の優勝の立役者でもあるイチロー氏もこの侍ジャパンに参加することとなりました。

              

     2009年のWBCの日本代表、通称侍ジャパンのメンバーは有力選手の辞退も多くありましたが、イチロー氏をはじめ松坂大輔投手、城島健司氏、岩村明憲氏、福留孝介選手の5名のメジャーリーガーが参加。更に後にMLBで活躍することとなるダルビッシュ有投手や岩隈久志投手、田中将大投手、青木宣親選手らが参加しました。

     

     前回の優勝の効果か、事前の代表合宿の時点で注目度はかなりのもので連日多くのファンが詰めかけました。前回の劇的な形での優勝から今回もと大きな期待がかかっていました。

     

     そして、3月5日に日本で1次ラウンドが開幕。ダブルエリミネート方式トーナメントで行われた1次ラウンドで中国代表と韓国代表に連勝した侍ジャパンは2次ラウンド進出を決定します。しかし、決勝では韓国代表に敗れて2位通過となりました。

     

     アメリカのペドコ・パークで行われた2次ラウンドは韓国・キューバ・メキシコと同じ組となりました。初戦のキューバ代表に快勝しましたが、次の試合で韓国代表に敗れて決勝進出をかけて再びキューバ代表と対戦することとなります。ここでもキューバ代表を下して決勝に進出し、準決勝進出を決めました。1位進出を決める2次ラウンド決勝戦は韓国代表とこの大会4度目の対戦。前回の敗戦の雪辱を果たし、1位通過で準決勝に進出、もう一つの組の2位となったアメリカ代表との対戦となりました。

     

     こうして連覇まであと2勝とした侍ジャパンでしたが、その中でイチロー氏は不調に苦しみます。不調に悩んだイチロー氏でしたが、原監督はそれでもイチロー氏を外すことなく1番で起用し続けます。徐々にヒットは出始めましたが本調子とは言い難い状態で決勝トーナメントへと突入しました。この時のことをイチロー氏は後に振り返って「何度も心が折れそうだった」と述べました。そしてその折れそうな心を支えてくれたのは侍ジャパンのチームメイトだったと回想していました。

     

     そして準決勝で前回の大会の因縁の相手でもあるアメリカ代表と対戦し、9-4で快勝して2大会連続の決勝進出を決めました。決勝の相手はベネズエラを準決勝で破った韓国代表。実にこの大会5度目の対戦となりました。ドジャースタジアムで行われた決勝戦はここまで2勝2敗の五分で宿敵とのまさに雌雄を決する戦いとなりました。

     

     そして大詰めのこの試合でイチロー氏は初回にいきなりヒットを記録して出塁し復調のキッカケを掴みます。第2打席は2死1、2塁でファーストゴロとなり凡退し、第3打席も凡退しました。侍ジャパンは3回表に小笠原道大氏のタイムリーで先制します。好投を続けるこの試合の先発の岩隈投手でしたが、5回裏に韓国人メジャーリーガーの秋信守選手に同点ホームランを打たれて追いつかれてしまいます。決勝戦は息詰まる投手戦となりました。

     

     そして7回表に片岡易之氏がヒットで出塁し、無死2塁となってイチロー氏がバントヒットでチャンスを拡大。この大会絶好調だった次の中島裕之(現宏之)選手がタイムリーを放って勝ち越しに成功します。8回表にも岩村氏のレフトへの犠牲フライで1点を加えて韓国代表を突き放します。

     

     しかし、粘る韓国代表も8回裏に後にNPBでも活躍する李大浩氏の犠牲フライで1点差に詰め寄ります。そして9回表に先頭打者のイチロー氏は韓国代表のクローザーであり日本でもヤクルトで活躍した林昌勇氏からライトへの2塁打を放ちますが、後続が抑えられて無得点。そして9回裏のマウンドには大会途中からクローザーとなったダルビッシュ有投手が上がります。

     

     しかし粘る韓国代表は二つの四球から2死1、2塁とし、李机浩氏のレフト前ヒットがタイムリーとなって土壇場で同点に追いつかれます。その後サヨナラのピンチが続きましたがここはダルビッシュ投手が踏ん張って同点のまま延長戦に。そして運命の10回表を迎えます。

     

     先頭打者の内川聖一選手がヒットで出塁し、続く稲葉篤紀氏(現侍ジャパン監督)が送りバントでランナーを2塁に進めます。続く岩村氏のヒットで1死1、3塁の勝ち越しの絶好のチャンス。韓国のクローザーの林昌勇氏を攻め立てます。代打で川崎宗則選手が送られますがショートフライに倒れて2死となったところでイチロー氏に打席が回ります。

     

     不調とはいえ前の打席で二塁打を打たれていることもあり敬遠も考えられる場面ですが韓国代表は勝負を選択。途中一塁ランナーの岩村氏が進塁したため一塁が空きますが、2ストライクと追い込んでいたためか勝負を続行します。林昌勇氏の投げる決め球を悉くファウルにして凌ぐイチロー氏。まさに息詰まる対戦となりました。そして2-2となって迎えた8球目少し甘く入った投球を見逃さずイチロー氏のバットが一閃。綺麗にセンター前に弾き返し、勝ち越し2点タイムリーとなりました。イチロー氏のタイムリーに沸く日本ベンチ。送球の間に2塁に進塁したイチロー氏は表情を変えず冷静さを保とうとします。日本中が興奮した日本野球史に残る名場面でした。

     

     そしてその裏の韓国代表の攻撃をダルビッシュ投手が抑えて5-3で侍ジャパンが勝利し、2大会連続のWBC優勝を勝ち取りました。大会中は不調に苦しみぬいたイチロー氏も喜びを爆発させて笑顔で大会を終えることが出来ました。当時の試合を丁度生中継で見ていて非常に興奮し感動したのを今でも覚えています。不調に苦しんだイチロー氏が最後の最後で最高の仕事をして日本を優勝に導くというあまりに出来すぎたストーリー。日本中も感動と興奮に包まれました。

     


     

     侍ジャパンにとってもイチロー氏にとってもあまりに劇的な形で幕を閉じた第2回WBCでした。しかしこの後イチロー氏に思わぬ事態が訪れますが、この話は次回の記事で振り返りたいと思います。次回は2009年のシーズン以降の話を振り返っていきたいと思います。今回の記事はここまでと致します。

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