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イチロー氏を振り返る ヤンキースへ電撃移籍
category: プロ野球 | author: GT−40X
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    JUGEMテーマ:プロ野球全般

     

     期限が迫る中、マリナーズ残留かそれとも移籍かイチロー氏の決断に注目が集まりました。そして2012年7月23日を迎えることとなります。マリナーズの本拠地でのヤンキース戦前に急遽記者会見が開かれることとなりました。

     

     その記者会見で、イチロー氏が若手選手との2対1でのトレードでニューヨーク・ヤンキースに移籍することが発表されました。記者会見ではシアトルで今まで支えてくれたファンへの感謝とチームを去る寂しい思い、決断に至った経緯と新たなチームでの意気込みを語りました。

     

     そして、いきなりかつてのファンの前でヤンキースのユニフォームを着て試合に出場することになりました。51番は憧れの選手でもあるバーニー・ウィリアムズ氏がかつて背負っていたということで辞退し新たに31番の背番号を背負いシアトルのファンの前に現れました。8番・ライトで先発出場でした。

     

     そして注目の第1打席、球場に詰めかけたファンはイチロー氏に対し、スタンディング・オーベーションで迎えます。今までマリナーズの一員として懸命にプレーしてくれたことに敬意を表してのファンの温かい対応にイチロー氏もぐっと来たと述べていました。その1打席目で移籍後初安打となるセンター前ヒットを放ち、移籍後初盗塁をきめて見せます。そして3連戦を戦い、シアトルのファンに別れを告げました。

     

     ヤンキースがイチロー氏を補強した理由は、外野のレギュラーの一角であったブレッド・ガードナー選手が故障離脱したためです。打撃こそ不振でしたが、守備力や走力はまだまだ問題なくその穴埋めを期待されてのものです。しかしレギュラーでという扱いではなく、相手投手によって後に楽天に入団するアンドリュー・ジョーンズ氏と併用で出場するという形でした。ポジションもレフトが主になりました。

     

     そして、新たに伝統のピンストライブを身にまといヤンキースの一員としてプレーすることになります。この当時のヤンキースは年齢が高めの選手が多く、キャプテンのデレク・ジーター氏をはじめ錚々たるメンバーでした。日米通算200勝を後に達成する黒田博樹氏も先発ローテの一角として在籍していました。マリナーズでは一回りほど違う若い選手が多かったのに比べ、ヤンキースは大人のチームという感じでした。7月30日には移籍後初本塁打を記録、これはまたMLB通算100号の記念すべき本塁打でした。

     

     そして優勝を目指していたヤンキースですが、徐々に2位のオリオールズの追い上げに徐々に差を詰められて僅差の優勝争いになっていきます。9月19日のブルージェイズとのダブルヘッダーでイチロー氏は2試合で7安打4盗塁をマークし連勝に貢献します。そしてこれをキッカケに絶好調モードに突入し、9月3週目の週間MVPを獲得する活躍を見せます。この頃から打順は2番に起用されることが多くなりました。最終戦まで縺れた優勝争いはヤンキースがオリオールズを振り切って優勝を決めました。イチロー氏にとってはデビューの年以来の地区優勝でした。そして2001年は9.11同時テロの為シャンパンファイトがありませんでしたが、今回は初のシャンパンファイトを経験することになりました。そして2001年以来のポストシーズンに挑むことになります。

     

     ディビジョン・シリーズは優勝争いを演じた相手であるオリオールズがワイルドカードを勝ち上がり対峙することになりました。イチロー氏は全試合通じて2番でスタメン出場。1戦目は3安打をマークする活躍を見せます。続く2戦目では1塁からロビンソン・カノ選手のライト線への2塁打の間にホームに突入します。完全にアウトのタイミングでしたが、イチロー氏はキャッチャーのタッチをかいくぐり生還する「マトリックス」「忍者」と呼ばれるスーパープレイを見せます。オリオールズとの対戦は最終戦まで縺れ、ヤンキースは最終戦に勝利してリーグチャンピオンシップ・シリーズに駒を進めます。

     

     デトロイト・タイガースとの対戦となりましたが、第1戦はイチロー氏が9回に反撃の狼煙となる本塁打を放ち、チームも同点に一度は追いつきますが、結局チームは敗れます。この試合でキャプテンのジーター氏を故障で欠くこととなり、その後チームは元気なくタイガースに4連敗を喫して敗退することになります。そしてイチロー氏の2012年は終わりを告げ、FAとなりました。この年のイチロー氏の成績はマリナーズ・ヤンキースでの成績合算で打率.283・9本塁打・29盗塁・178安打。マリナーズ在籍時は打率.261でしたが、ヤンキース移籍後は.322をマークしました。

     

     そして、野球人生で初めてFAとなることになったイチロー氏は来年の所属先を探すことになります。数チームがオファーを出したという報道がありましたが、結局イチロー氏はヤンキースと12月19日に2年1300万ドルで再契約することを選択しました。201

    3年以降もヤンキースのピンストライブのユニフォームを着てプレーすることを選びました。2013年以降は次の記事で振り返っていきたいと思います。今回の記事はここまでと致します。

     

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