スポーツ関連のニュースを中心に書いています。独自の視点、考察等も書いていこうと思います。ジャンルは野球やサッカーが中心になりますが、出来るだけ多くのジャンルを扱います。
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"鉄人" 衣笠祥雄氏 死去
category: プロ野球 | author: GT−40X
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    JUGEMテーマ:プロ野球全般

     

     また1人、偉大な野球人がこの世を去りました。4/23に元広島の衣笠祥雄氏が大腸がんの為お亡くなりになられました。

     衣笠祥雄氏は京都の平安高校(現龍谷大平安高校)から1965年広島東洋カープに入団。高校時代は捕手でしたがプロ入り後内野手に転向。最初は一塁手として1968年からレギュラーに定着。1975年に三塁手にコンバートされ、”ミスター赤ヘル”山本浩二氏と共に中軸選手として広島のセ・リーグ初優勝に貢献。1979、80年の2年連続日本一にも大きく貢献しました。

     

     1970年シーズン終盤より連続試合出場記録が始まり、途中死球禍による大怪我で記録が途切れる危機を迎えながらも連日試合に出場し続けました。そしてその当時の連続試合出場記録であった、ルー・ゲーリック氏の2131試合の記録を1987年の6月13日の中日戦で抜き当時の世界記録を達成しました。「鉄人」と呼ばれ現役最後まで試合に出場し続け、2215試合まで記録を伸ばしてこの年に現役引退。プロ野球選手としては王貞治氏に続く2人目の国民栄誉賞を受賞。背番号3は広島の永久欠番となっています。1996年には野球殿堂入りを果たしています。

     

     通算成績は打率.270、2543安打、504本塁打、1448打点、266盗塁。打点王と盗塁王を1度づつ獲得し、シーズンMVP1回、ベストナインとゴールデングラブ賞を3回ずづ獲得しています。怪我にも屈せず試合に出場し続ける姿から「鉄人」の異名で呼ばれる名選手でした。記録は後にカル・リプケン・ジュニア氏に抜かれますが、未だに日本記録として残っています。

     

     また記録だけでなく、豪快な打撃でも人気の選手でした。強烈なフルスイングは凄く印象に残っています。また極度の偏食で魚が苦手で肉しか食べられなかったそうです。「野菜を食べなくて大丈夫なんですか?」という問いに「野菜は牛が食べている」と答えたというエピソードが残っています。

     

     丁度私が野球を見始めた頃は広島の黄金時代の頃で、その主力選手であった衣笠氏の勇姿は凄く印象に残っています。死球を受けても怒ることなく、プレーをし続ける姿は紳士的で素晴らしかったです。打撃ではボールが当たればスタンドに放りこまれそうな豪快なスイングは物凄いインパクトがありました。

     

     球史に残る「鉄人」衣笠氏のご冥福をお祈りして今回の記事を終わりたいと思います。

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